3日坊主のすゝめ。始めることに意義がある。

これからの学び
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Uopeopleもまだ卒業はしていませんし、休んでいます。
成し遂げたこともあれば途中で辞めたこともあります。

でもいつも思っているのは積極的に「3日坊主」すべし!ということです。



やってみずに合うかどうかわかる人はそういない

よくただ難関校への進学のための勉強を進める投稿やサービスを見ていると、なぜその先の大学の内容やそれが何に繋がるのか、どんな環境なのか、街並みなのか知らずに、勉強の時間をかけれるなーと不思議に思います。

もちろんオープンキャンパスなどもあるでしょうが、合格して通い始めてから学生の雰囲気が、とか街の治安が、とか発見してしまうと「我慢」の日々が続いてしまいます。

せっかく合格したし、親もお金を出すのだから雰囲気などを理由に変更するわけにもいかない。
であれば、事前にもっと自分ごとにチェックすべきだと思うのです。

行ってみる、聞いてみる、やってみる。
可能な範囲でいいので、「ちゃんと続けるために」やってみなければわからないことがある。

どんな選択をするにも、他人のレビューや本だけではわかりません。ちゃんと選ぶために、ちゃんと続けるために「3日坊主」をたくさんすべし、とおススメしたいです。


3日坊主はダメなこと?

三日坊主はネガティブな、あきっぽいという意味で使われることが多いと思いますが、私としてはポジティブな行動と捉えています。

本何冊読むより、少し読んでやってみた方がわかるんです。
合うか合わないか。好きか嫌いか。

詳細まで行きつかないにしろ、なにを選択すべきかは見えてくる。一番自分がやりたいのはなんなのか見つけるために、消去法として三日坊主を活用していけばいいのです。

コンピューター関係が就職にいいらしい、と専攻するまえに無料サイトや本1冊でコードを書くなり、ゲームでいいのでスクラッチとかやってみるとか。

うわー、コード見てると眠くなる。。となるのか、自分が書いたもので動くのがワクワクするとなるのか。三日坊主の勉強でわかるはず。



未来に再び動き出す可能性のある三日坊主の経験

これはある程度、大人になって感じることですが、時間が経ったりいろんな環境で過ごすうちに、昔は三日坊主で終わったちょっとしたことへの興味が戻ってくるときってあるんです。

続かなかったからなというイヤな思いでと共に、またやってみたい気持ちが湧く。
子育てが一段落するとか、仕事で関連のあるプロジェクトをやることになったとか。

三日でも基本情報は調べたわけです。
自分がなぜ飽きるかということも。
興味が再燃したときに、当時おもしろく感じなかったことに面白味を感じているかもしれません。
そして、このテキストは面白くなくてまた飽きそうだから、今度は人に教えてもらおう、とかネガティブな体験も活用できるようになります。

昔ちょっとかじったことは手が付けやすいし、達成しなかった罪悪感も手伝って、今度こそは!というモチベーションにもなります。

そうなると、どんどん三日坊主して、関心の種をまいておいてもいいかなという気がしませんか?

本は知識として頭に入るけど他人も機械でも共有できます。
体験としての三日坊主は「自分に積み重ねる三日分」。どの三日坊主が専門に繋がるか、やってみないことにはわからないものです。


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