学校が苦しいなら逃げろ!その先は? 

これからの学び/ホームスクーリング

他にも長期休みはあるはずなのに、なぜか夏休み明け、9月1日(全国的にはもっと前に始業式のとこと多いにも関わらず)に自殺防止だったりいじめ・不登校に関してのムーブメントがあったりします。

確かに「逃げろ」なのですが、人って逃げた先に少しでも希望や未来を感じないと、「いま逃げる」ことを決めきれないものだと思っています。

もちろん、きちんとそこまで捉えている方々もいるのは理解したうえで、「逃げろ」だけでは無責任だなという思いもあります。一定数、おとなもそう感じている層が多いことは日本も変わりつつあるなという希望です。

「逃げてもいいって気軽に言って、寄りそった気になってんじゃねぇよ」 #8月31日の夜に|城戸 圭一郎|note
 「世界に一つだけの花」なんてクソだと、正直に言ったらいいのに。  これがとても素晴らしい楽曲であることは、自分もわかっている。子どもだけでなく、大人たちまでも感動しているのは当然のことだろうと思う。でも、涙を浮かべながら聞き惚れる大人たちは、曲が終わったとたん、なぜか真逆のことをやりはじめる。 ” 一人一人違う...



居場所を見つけて! その場所がない地域は?親が協力的ではない場合は?

逃げて、が意味するものが大人とこどもで違うのは、家族用クレジットカードでも持たせてくれるような金持ちの家でもなければ、親が協力的だったり理解をしている家庭でなければ、「逃げたいときに逃げたいように、逃げられない」ということです。

フリースクールや居場所が「うちにおいで」とムーブメントを起こしているけど、もちろんゼロよりは選択肢あったほういいけど、ほんとに逃げたい状態の子って、そこに行けるだろうか?っていう疑問がある。

もし親が気づいていたら、逃げたい状況の前に行かなくなるだろうし、仮に逃げれる状態だったとしても、地方へいけばいくほど、学校や塾などの数も少なくなっていき、そういう場所は結果不登校の絶対数だって少ないわけで。特化した施設や活動も少なくなっていく。
地域の居場所はあっても、学校から逃げることに特化した場所がない。それに、地方に行けばいくほど地域のコミュニティは小さく、そこに「居場所」が場として存在していたとしても、周りはみんなどこかで関係がある人たちで、逃げたいときに逃げられる場所としては機能していないのではないでしょうか。

とにかく逃げろ、それは命を守るためにまず大事。
そのうえで、それをムーブメントにしてしまっている大人たちはもう少し、その先のことに意識をむけてその言葉を発する責任があるのではないかと思うのです。

なぜホームスクーリング情報を発信しているのか

ホームスクーリング、という言葉を意識していたかどうかは別にして、20年くらい前から通信制大学を選んで履修していたことは、「通学」以外の学び方が自分のなかで当たり前のことであり、自学自習に違和感を感じたことはありませんでした。

高校生までは普通の進学校に行っていましたが、塾には通ったことがなく、長期休みの学校での補修は図書室にてサボりました。

おそらく、その高校が「勉強ができていればあとは結構緩め」な学校であったこともあり、不登校や中退にならなかっただけだと思います。自由に、と言われても内申点を気にしてか、それほど無茶なことをする人もそういませんでしたし、学校側も厳しくなかったのだと思います。(せいぜいパーマとか程度)

その後、94%(卒業年度のデータにそうありました)が大学進学の高校でしたが、塾講師のアルバイトを始めました。親のお金にしろ、奨学金を頑張るにしろ、その金額とエネルギーをかけてまで通うほど「大学」というものに魅力を感じなかったからです。

当時は、自分の考えを客観的には見れてなかったので、本音と建て前というか、世間用にめんどくさい説明をしなくてもよいように受験はしました。進学校だったので、当たり前のように授業や進路指導が進んでいく、それが当たり前じゃないことにまだ漠然としか気づいていなかったからです。

ただ、受験勉強の経験としては良かったと思っています。集中してなにかのために一時期やることも大事だと思うので。ホームスクールをお勧めしていて、唯一マイナスだなと思うのは、この成績とか合格とかモチベーションや何かを勝ち取るための勉強がなかなか難しいという点です。親や自分で、うまく戦略的に組み込んでいければ、タイムマネジメントやプランニングなどの練習にもなるし、社会に出たときに活用できる資格なども身につけられるでしょう。

しかし、まだ日本ではホームスクーリングが戦略的に選ばれるほど浸透していません。学校をドロップしたり、帰国子女など「普通の学校に馴染めない」ひとのもののようなイメージがまだまだあります。

ホームスクーリング+独学プログラミング、ホームスクーリング+折り紙達人、ホームスクーリング+料理プロ並み、とか勉強プラス何かのスキルを両方手に入れられる最適な時間の使い方であると思うのですが。

地域差、経済格差あれど時間は平等

お金、地域、生まれ育った環境。
恵まれている人は「環境を変えるのは自分次第よ」と自己肯定感ばっちりな名言を放ちますが、抜けられない環境、変えるのに多大なエネルギーのいる環境はあるのです。

工夫は必要ですが、そのなかで平等に使えるのは時間でしょう。
ホームスクールは一日6時間以上、平日毎日を取られてしまう「勉学」の部分を工夫次第で効率化して、他の勉強やなにかを身につけること、感じること、考えることにあてられます。

ホームスクーリングの幅は広がっている

日本には、ホームスクーリングが選択肢のひとつとしての認識はまだまだ広がっていませんが、学校の教材を利用したり、教育に関心のある親が見つけてきたりしなければ、学びの材料が少なかった昔と比べて、今はネットに繋がればいろんな選択肢が見つかります。

youtubeだって、使い方次第では大人より詳しいマメ知識を習得していたり、新しい憧れを知ったり、ホームスクーリングの入口になっています。

アート系のセンスがない親が、絵がうまくなりたい子どもに必要なスキルはなかなか教えてあげられない。それを動画が教えてくれる。本格的にやりたい、大学に行きたい、勉強が必要、それで勉強に興味を持つのでもいい。

本来、なにかのための勉強が、「成績」だけひとり歩きしてきた時代。学ぶこと、そのものを興味のあることを立ち止まってじっくり知るのに、ホームスクーリングは適しているのではないかなと思っています。

別にホームでだけする必要がなく、学校へ行くためのホームスクーリングもありではないかと思う

不登校、学校に合わない=ホームスクーリングではなく、1-2年は学校から遠いところに家があるのでホームスクーリング、3年からは通えそうだから学校、とか。

バレエやピアノに集中したいので、小学生のうちはホームスクーリングで中学から、とか。
そういう自由が利く学び方がほんとうの「多様な学び」じゃないかなと思いつつ、現状不登校や体調不良でドロップアウトしているこどもや大人が自宅から学ぶっていう方法をいろいろ知ることで、こもっている時間有効活用して、未来につなげるなにかを描けたらなと思いつつ、国内外の「家でできるまなび」やその周辺情報を発信していきたいと思っています。

大人のまなびなおしにも

通学の学校に行くのには、大人になって生活が進んでいるなかではなかなか大きくライフスタイルを変えないと難しいです。

でも、大人だからといって学びたい欲がなくなるわけではない。そんな場合にもホームスクーリング関連の教材やサイト、通信制は役立つと思っています。

生活を極力変えず、ちょっとの節約と、エネルギー・時間の工夫。
MBAや教授、とか夢見がちだと言われるような目標だっていい。すぐ求めようとしているんじゃなければ。一歩一歩、一単位一単位、なにも始めないよりは少しずつ近づきます。
通学するしかスタイルのなかった時代に比べたら、挑戦できる。

学んでいなかった時期の社会経験が、学びのなかですごく役立っていくと思います。学びたいと思ったときが学び時で、社会経験があったからこそ、「いま学びたい」。

そんな大人もこどもも、社会と、「学びたい」と「実践したい」を行ったりきたりできるのが理想の勉強だなと個人的は思ったりします。

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