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映画「ROOM」を見ました。世界を見せてあげたいという思いと密度。

寝れなくて何気なく、みたネットフリックスの映画「ROOM」。
意外とよかったし、頭に残ってしまいました。しかも、主人公のオトコの子がかわいい(*´▽`*)
ピュアな可愛さ、でもしっかりしてて、このままオトナになってー!!という感じです。



自分の周りの世界が、自分にとっての「当たり前」になっている

かいつまんでいうと、主人公のお母さんが高校生のころに誘拐され、レイプされ、7年間閉じ込められているわけなのですが、その間に主人公が生まれるわけです。(病院はどうしたとか、その辺は映画なので突っ込まないようにして。でも本当の話がもとになっているようです。)

怖い話ではあるんだけど、お母さんと息子の関係って、いたって正常の家庭。むしろ、異常な環境のなかで正常でいよう、普通を経験させようと工夫、努力しているところにまず泣ける。

お母さんは17歳まで、普通に暮らしていたわけで、外の世界を知っているから子供より閉じ込められていることに対するストレスが大きい。こどもが大きくなり始め、いろいろ知りたがる年齢になり、生き残るために教えた環境のなかのフェイクを本物と信じ始めるようになり、おかあさんは「本当の世界を見せなくてはこの子はダメになる」と脱出を計画します。

この話はほんとに部屋ひとつの世界から、外の世界へ、という意味ですが、この↑の危機感、感じられずに子供をだめにしている親って多いんじゃないかなと思います。それは、海外だから世界っていう意味ではなく、部屋から出ない引きこもりだからって世界が狭いって意味じゃなく。

勉強だけが価値があるとする世界、お金や損得だけに目が向く世界、それだって狭い世界。そこにいて、子供に「あ、ここじゃダメだ!」って思えることが大事だと思う。

それって、ヤンママでも、無職でも、パチンコ好きだってよくて、子供をみてて、そこの危機感に気づくほど心が近いか。まずはそこが大事だと思う。安定階級の人は批判ばかりするけれど、結局自分のこども見れてない。生活が難しい環境の人はたくさんいる。映画の内容は、通常の生活と比較したら極端かもしれないけど、難しい中でちゃんと、向き合ってる。
安定している人って、もっと見ている余裕あるでしょうに、って時々思う。

ROOMはこどもにとって巣みたいなものでいやなところでも大事なところでもなかった

この映画でいいなーと思ったところ。

お母さんにとっては、誘拐された部屋であり、いやな場所。でもこどもにとっては、生まれたときからいる場所でデフォルトの場所であり、そこに意味づけがないところ。

お母さんと一緒に過ごす場所というだけ。

不登校しかり、障害しかり、貧乏しかり。

人って、意味つけたがる。こうだから不登校とか、不登校だとこう感じるから支援がどう、とか。そうすると、だんだん自分がかわいそうな存在なのか?ってなってくる。
自己肯定感を持て!と教育しながら、自己否定の材料をもってくる。

ただ、状況がそこにあるだけで、自分とその状況はイコールじゃないのに。

心に残った言葉

確かに広い世界に出ることは大事。

でも、映画内のことばでハッとしたのは、「あのお部屋も好きじゃなかったけど、いつもママと一緒にいられたことと、広いところに出たら世界が薄まった」みたいな内容の言葉。

いろんな可能性にあふれているけど、その分密度や近しさが分散されることもある。小さいコミュニティが悪いわけでもなく、狭い世界が悪いわけでもない。

広い世界へのドアを開けることを禁止されていなければ、それだけでいいし、ドアの向こうに世界があるということを知っているだけでいい。

海外や世界を知ることは大事だけど、過度の留学信仰や、いろんなセミナーがあふれていることに違和感を感じているのはこれだったのか、と気づく。

広い世界があることを教えたら、あとは広い側がいいのかどうかは強制する問題でもない。

それじゃ、狭い部屋に閉じ込めているのと同じだ。

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