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学歴とグローバル化について考えること。

うちの近くの塾には、休みになるとひっきりなしに、児童・生徒が入ったり出たりしている。
夜や土曜のカルチャークラブなどは、習い事の子供がたくさん。

体の弱い私から見ると、尊敬に値するスケジュールだ。

朝起きて、朝食を食べ、消化する間もなく、朝マラソンやなわとび、何時間も座り続けて、書き続けて、
家に帰る。数時間を友達との遊びに費やし、夕ご飯。宿題をして、テレビを見る。塾のある日は遊ばず勉強。

会社員が寝だめできる土曜日にも塾や習い事。一般的に言えば、小学校6年、中学校3年、高校3年とそのリズムが続いていく。

成長ホルモンの急激な変化、幼児からのいきなりの環境変化など、からだの変化が大きい時期に、体の変化に合わせていられない生活リズム。

 

そして、成長して会社員へ。
どれほどの使える人材がいるだろうか。最低12年、「ムダ」や「スキマ」がない時間を過ごし、全員が高能力人材でない場合、費用対効果、時間対効果を考えたら、12年という時間は、税金的にも、個人の人生的にも長すぎる。

 

これから、グローバル化が進んだとき、12年+大学の4年、

「~してました」「~大学でした」という学歴、の部分は意味をなさなくなってくるのではないか、と思う。

国境を越えれば、天才的に頭のいい人はごろごろいるし、仕事としては「何が今できるか」っていうことの方が重要で、
たとえ中卒でも、身につけたい技術や知識があって、働いて金を貯め、大学院に入り直してる人が重宝されていく時代だと思う。

今何ができるかを増やして行ける人。

そして、自分の意見を言えて、自分の完成を持っている人。

もうそんな時代も日本にも入ってきてるはずなのに、変わらない、気付いていない。

 

12年を、何かを身につける方に使う。
そういう学校がたくさんあったらいいけど、なかなかない。
だから、ホームスクーリングを利用しながら、学校も利用しながら、社会ともかかわりながら、が今の日本では
理想かな。

 

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