子育てを学校のせいにしすぎていませんか?不登校の親からの提言。

OB
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提言、などと大きなことを書いてしまいましたが、それほどの内容ではありません。(笑)

FBは数年前の今日、みたいなお知らせが来るのですが、ふと今日あがってきたものを見たときに

久しぶりにほんとの笑顔で友達と遊んでいてよかった
みたいなこと書いていたようなのです。

それは行かなくなり始めの年の投稿でした。

不登校の親御さんはなんとなくわかると思うのですが、これどういうことかというと
・しばらく笑えてない
・しばらく遊べてない
・しばらく外に(普通に)出れてない
のあとのことということ。



不登校明るく受け入れているような家庭が通ってきている道

学校なんていらないー!
ホームスクーリングで十分ー!
って最初から進めている家庭は少ないと思います。

なぜならいまの日本でそれを突き通すにはそれなりの安定した環境がないとまず難しいからです。
となると、なんらかのきっかけで不登校になるわけですが、ほんとはこどもに原因を求めるものではないと思ってきました。必ず「なんで?なんで行きたくないの?」という質問を親にも学校にも相談機関にも投げかけられる。

それをはっきり言語化できて分析できるくらいなら、こども自身も悩まないでしょう。原因ではなく、なにが必要か、ニーズを探りだせる人がいないのも問題です。

それをただの親が繰り広げていくわけです。学ばせ方とか教育論とかお金をかけて習ったわけでもないのに。

いま明るくしていても、一度はどうしていかないの?半分だけでもいいから!とか、学校行かないならゲームするな、とかベッドから引っ張りだしたり何かを禁止したりしてもがいてきています。

こどもたちのなぜ?に答えられるか。

その親子ともどももがくなかで、うまく行かない毎日で、こどもも
「なぜ行かなきゃならないの?」
「なんで学校行かないとゲームしちゃダメなの?」
などちょっと屁理屈にも思える質問を返してくるようになります。
(当初は屁理屈と感じていた言葉もいま思うと本質だなと思っています。いつもこどもたちの方が本質に近い)

それにちゃんと答えられるか。大人の側の力量が試されるなと思います。
きちんと納得いく答えであればこどもは意外とちゃんと理解します。

ただ自分の場合はやりとりしていて気づいてしまったのですよね。
なぜ行かなきゃならないの? → 学校ってそういうものだから。みんなそうだから。そう決まっているから。
なぜ学校行かないとゲームしちゃいけないの?→学校はこどもの仕事だから。勉強しないと遊びはダメだから。先生に宿題しないと怒られるから。学校は毎日いくものだから。

毎日毎日、最初は「なんでおんなじこと言わせるの!」って思ったりもしました。でもその毎日毎日を繰り返すうちに気付けたのです。

学校は、学校が。
主語が学校やみんな、先生。

こどもの人生の主役は学校なのか?みんななのか?先生なのか?

そう思ったら、こどもの「なぜ?」に対する答えが「借りてきた言葉」ではなくて自分のことばになっていきました。

道徳的に合っているかはまず置いておいて、学校の決まりやみんなから「借りてきた言葉」ではなく「親自身の意見、言葉」ではないとこどもに届かないということに気づいたからです。

大人世代のほうが「学校システム」の影響から抜け出せていない

こどもはいつの時代でも本質を見るから、大人がICTだなんだ、って騒ぐ前からgoogleやyoutubeで大人顔負けの知識を得て、実践しています。

大人(親)世代のほうが、学校というシステムの作った「べき」「これが正解」「道徳的に」に影響され続けて生きてきています。

そんな大人たちを「なぜなぜ」攻撃で、そして身をもって、本質を考えるべき環境に追い込む。
きちんとした社会人こそ、本質と向き合うことは試練に近いです。いままで「正解」とされてきたことをきちんとこなしてきたことを根底から覆されるから。保護者も乗り越えなければならない壁があるのです。

学校教育がダメなのではない

不登校やホームスクーリングというと、反学校、VS、学校嫌いのイメージがあるかもしれません。
システム的な問題で、あとは人間的に良い先生や環境に出会えるかどうかの運は好き嫌いに関係してしまうとは思います。

でも、大多数が学校に行っているのだし、学びのプロがいて、場所があり、給食まで提供してくれる。ほぼ差がなく学問を受けられる国というのは恵まれています。学校という形自体が悪いわけではないと思います。

ただ、長年、自分で考えるべき意見や道徳まで、「学校が正しい」と決めたものを暗黙のうちに身につけてきてしまっていた。
そのことに、不登校のこどもたちは気が付かせてくれるなぁと思うのです。

学校で起こる問題も最近多いですが、教職員の事件は置いておいて、こどもたちの問題は、そこは全てを学校が負う部分ではなく、根幹は本来家庭であったはず。
学校の道徳心に従う=責任も学校が負う、という変な構図になってしまっている。

知育教材とか、自宅学習という意味ではなく、家庭教育をもっと取り戻さなければならない時期なのではないかなと思います。ホームスクーリングが広がる一部にはそういった背景もあるような気がします。

学校が道徳、学校が正解であるなら、不登校は非行であり、間違い。
でも、家庭それぞれに答えがある。学校での個別最適化の前にもっと家庭教育を取り戻して、
「こども」が主語の学びが増えていくといいなと思います。

明日(24日)は OPENBASE クリスマスイブ茶飲み会 です。
年末に整理したいこと、ちょっと寄るのもOKです(^^♪
10時~12時くらいまで。openbase8nohe@gmail.com まで連絡ください。
(お会いしたことある方は連絡なしでも大丈夫です。
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